一日一駄話 / SOU・SOUプロデューサー若林剛之によるたわいもない事
“SOU・SOUへの道(31)”
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地下足袋をデビューさせた後も小さな奇跡が続いた。
ある日、リブアートの谷口社長から携帯に電話がかかってきた。
珍しい事もあるもんだと電話に出ると「キミ、地下足袋作ってるんやったらスリッパも作れるやろ?」と言われた。
京都の高級老舗旅館 俵屋で、手縫いのスリッパを作れる職人さんを探しておられるとのこと。
実は一度も作った事などなかったが、とりあえず打ち合わせに伺った。
谷口さんに紹介されて、俵屋のご主人(女性)にお会いして初めに言われたのが「あなたがどこの誰かはわからないけれど、谷口さんが連れて来たのだから、まー大丈夫なんでしょう」だった。
先方が所望されたスリッパは、シルクで出来た手縫いのものだった。
「とりあえず作ってみますので、それを見て判断してください」と言って俵屋を後にしたものの、どこで作るのかさっぱりわからなかった。
その日の夜、家に帰ってご飯を食べながらテレビを見ていると、スリッパ工場が映っていた。どうやらスリッパの産地を取材した番組のようだった。
「そうか、山形が日本一の産地なのか!」
次の日、ネットで山形県スリッパ工場組合を調べて何軒かの工場に電話を入れ、一番愛想がいい工場にオファーしてみる事にした。
その甲斐あって、何とか俵屋のスリッパを納品することが出来た。
谷口さんの顔に泥を塗る事無くすんだのもよかった。
その後、俵屋のご主人が「あなたの地下足袋おもしろそうね。ウチで置いてみてあげる」と言ってくださった。
すごい、俵屋に置いていただけるなんて。
これは、外国の有名美術館に置いてもらうよりうれしく、光栄な事だと思った。
そして一番初めに地下足袋を買ってくれた人が、その日俵屋に泊まりに来ておられた映画監督スティーブン・スピルバーグだった。
(つづく)
画像は、心霊写真をドアップにしたような感じのちゅぢゅきさん
それでは、また明日。