一日一駄話 / SOU・SOUプロデューサー若林剛之によるたわいもない事
“SOU・SOUへの道(12)”
※これまでの「SOU・SOUへの道」はコチラ。
DCブランドの快進撃は90年代に入って翳りを見せはじめる。
勤めていた会社の売上げも落ち始めた。
そうすると途端にいろんなところを節約し始める。
コピーの数もチェックされ、トイレットペーパーの使用量もチェックされた。
その頃渋谷では渋カジなるカテゴリーが生まれ、新しいジャンルのファッションが流行した。当時日本に入ってきていないアメリカブランド(例えばGAP等)をアメリカのショップで買い付けて日本で3倍くらいの値段を付けて売るというスタイルのセレクトショップが出来始めた。
僕は「こんな商売があるのか」と思った。
しかしなんとなくDCブランドの服よりインポート物の方が本物感があるなと思った。
そりゃそうだ。アメリカ現地で売っているものなのだから。
そうこうしているうちに「アメリカに行かねば」という気持ちがフツフツと沸いてきた。
入社5年目のGWに会社の人に黙ってNYに行った。そこで人生の転機が訪れることになる。
(つづく)
写真は、きくまるの浴衣を着て傾いているつもりが、売れない演歌歌手に見えてしまったシーモオーカー。
それでは、また明日。